西荻窪の人気ラーメン店・麺尊 RAGEの店主に聞く

オープン以来『ミシュランガイド』に毎年掲載され、高クオリティの醤油ラーメンが食べられる店として行列が絶えない「麺尊 RAGE」。ヒップホップが流れ、SFアクションコミック『AKIRA』が棚に並び、ストリート感溢れるグラフィックが壁面に飾られるなど、店主の広田圭亮(ひろたけいすけ)さんの好みが随所に反映される店内も非常に個性的です。今回は、そんな「麺尊 RAGE」の魅力やこだわりなどについて、広田さんへのインタビューでご紹介します。(取材協力:ラーメンライター・福岡岳洋氏)

「麺尊 RAGE」を始めるまで

−本日はお忙しいところありがとうございます。さっそくですが、まずはラーメンとの出会いの話から始めていただいて良いでしょうか?

広田:そうですね。衝撃だったのは「麺屋武蔵」ですかね。新宿の本店です。僕が高校生のときだったので、2002年頃ですか。それまでは、いわゆるそういうちゃんとしたラーメンを食べたことがなかったので。当時、メディアでも話題になっていたんですよね。で、実際に行ってみて食べたら旨かった。

−そこからラーメンにはまっていったのですか?

広田:いや、そういうことにはならなかったですね。

−ラーメンが目的で出かけるような、いわゆる食べ歩きみたいなこともしなかった?

広田:そうですね。ただ、大学のキャンパスが池袋の近くにありまして、池袋の「屯ちん」とか「山頭火」に行くとか、そういう感じでしたね。あとは「無敵家」なんかもちょこちょこ行きましたけれどね。

−ああ、いつも長蛇の列ができている店ですね。

広田:だから、割と近場にあるラーメン屋さんに行っていた、というくらいです。

−そうですか。では今のベースがその頃にあるというわけではないんですね。

広田:そう、学生の頃はラーメン屋になるなんて全然思ってなかったです。

−ラーメン屋をやろうと思うようになったきっかけは何だったんですか?

広田:そうですね、僕、ずっと空手をやっていたんですけれど、ちょうど就職活動の時期にその空手の先生が独立して道場を出す、ということになったんです。で、僕も当時、特にやりたい仕事とかなかったんで、そのまま一緒に指導員としてくっついて行った。…その道場が西荻だったんですよ。

−おお、空手をやっていらしたとは。

広田:そうなんです。フルコンタクトです。

−西荻と縁を持ったきっかけが空手だったんですね。それは何年頃ですか?

広田:2007年くらいですね。で、ちょうどその頃、友だちがラーメン屋を経営していて、一緒にやらないかと誘われました。空手の指導員をやりながらアルバイトさせてもらうようになったのですが、それがそもそもの始まりですね。

−なるほど。道場の仕事とのバランスはどんな具合だったのですか?

広田:その頃は道場が週3回くらいだったんで、空いている日にラーメン屋で働いていましたね。

−道場は今も西荻にあるんですか?

広田:今もありますよ。結構規模も大きくなっています。

−指導員から本格的にラーメン屋にシフトすることになったのは?

広田:空手の指導員とアルバイトを掛け持ちしながら、このままじゃあ埒が明かないな、と思っていました。ちょうどその頃、自分の好きなテイストの豚骨ラーメンがブームになっていたんですよ。そのラーメン屋の友だちも頑張ってやっていましたし、自分も芽が出るとしたらラーメンしかないのかなと思い始めたんです。

−そこでラーメンの道に開眼されていくのですね。

広田:時代は豚骨魚介のつけ麺ブームで、本格的に勉強しようと思って、いくつかの店で修行をすることになりました。そして、そうこうしているうちに、先ほどの友だちが新しい店をオープンしたいということで、また声をかけてくれたんです。新宿三丁目の「鈴蘭」のオープンに携わったんですね。

−煮干し中華で有名な店ですよね。その「鈴蘭」では店長を務められていたとか。

広田:そうですね。

−そこで数年過ごしたのち、独立されてこの「麺尊 RAGE」を西荻に出店されたわけですが、その理由は道場もあったりして地の利があったからですか?

広田:はい、そうですね。

−最初から西荻ありきだったんですね。

広田:ええ。落ち着いた雰囲気のあるこの西荻で、ぽつんと面白い店をやりたいと思ったんです。

−駅からも少し歩きますね。

広田:この辺は個人店も多くて良いですよ。この店自体も奥まっているんで、最初は親にも大丈夫かと心配されたんですけれど、でも結果的にぽつんとある感じにもなって良かったです。

−それにしても、お店の面積は広いですよね。

広田:家族連れのお客さんとかが来やすいのが良いなと思っていたので、広くて良かったです。

−最初から家族連れに来てもらいたいと思っていらしたんですね。

広田:そうです。だから例えば、ここなんかも(お店に入って右側、壁に向いたカウンター席)基本的に4席しか置いていないんですけれど、ベビーカーや車椅子でもそのまま入ってもらって食べていただけるようにしています。

−そういう方の利用は多いんですか?

広田:多いですね。客層の幅は広いと思います。

−ベビーカーでラーメン屋に入りたくても、普通はなかなかハードル高いですよね。カウンターだけのお店も多いですし。

広田:飲食店的に言えば(その壁側のカウンター席が)6〜7席とかにしておくといいんでしょうけれどね。とにかく、僕自身が狭い空間で食べるのが好きじゃないんですよ。肩を気にしながら食べなきゃいけないとか。そうすると食べることでなくそのことに意識がいってしまって、ストレスを感じちゃう。

−優しさですね(笑)。

広田:いやいや(笑)。まあでも、席をいっぱい置いてもお客さんが来なければ意味ないですしね。増やそうと思えば3席くらいすぐ増やせるようにしています。お客さんの状況、例えばここに残り1席しか空いてなくて、お待ちのお客さんが2名とかだったら、他の椅子を使って座ってもらいますね。

−そりゃそうですよね。そのほうがお互いにいいわけで。

広田:そうですね。

味へのこだわり

−メインである軍鶏(しゃも)を使うようになったきっかけはなんだったのですか?

広田:まず、軍鶏は闘鶏ですから。僕も格闘技をやっていたので、これは通じるものがあるなと。

−ああ、たしかに!

広田:あとは、時代の流れとして地鶏と醤油というのが来ていた中で、他店は比内、会津、名古屋コーチンなどがメインで、軍鶏はあまりなかったからですかね。

−敢えてメインを外す感じですね。煮干しについてはいかがですか?

広田:煮干しは、最初はあまりやるつもりがなかったんですよ。隣近所のこととか考えると、臭いが結構ありますからね。でも、「鈴蘭」時代からのお客さんには煮干しへの期待をしていただいていたんで、じゃあやろうかなと。

−自ら選んだものと、お客さんから求められたものと、二枚看板で。

広田:そうですね。

−ラーメン全体のコンセプトとかはあるのですか?

広田:そうですね、目指しているのは東京ラーメン…自分的には勝手に「ネオ東京ラーメン」と言っているんですけれど。

−ネオ東京とは『AKIRA』ですね。

広田:ですね(笑)。まあでも、東京の人は蕎麦のかえしもそうですけれど、キレ感のある濃い味が好きだと思うんですよ。だから僕もそっち寄りにしていますね。麺も、喉ごしとか歯ごたえとかを重視しています。

−東京で店を出すうえでのこだわりなのですね。

広田:「鈴蘭」時代にも感じていたんですけれど、東京の人はたぶん、はっきりした味が好みですね。例えば煮干しとか海老とか。特に都心部は突出させているほうが、受けがいいですね。

−その中で、軍鶏はどう受け入れられているのでしょうか?

広田:軍鶏というのは、内蔵処理などをしているとわかりますが、他の地鶏と比べて筋肉質で脂が少ない。シャープな旨味っていうんですかね。ブロイラーなんて触っているだけでべとついてくるくらい脂が多いですけれど、軍鶏は本当にきれいな体をしていますね。

−軍鶏を畜産しているところは、他と比べると多くないんじゃないですか?

広田:そうですね。軍鶏ガラを確保するのも結構大変でした。今ではもう仕入れも安定していますけれど、それも今のキャパシティを超えると厳しくなってくる感じですね。新しい軍鶏農家を探さないといけなくなるかもしれない。軍鶏ってそもそも脂の少ない鶏なので、軍鶏脂を確保するのがめちゃくちゃ大変ですね。

軍鶏そば(800円)

−ちなみに産地はどこなんですか?

広田:今のところは青森と福島と静岡ですね。あと東京軍鶏。

−それぞれの産地の、お付き合いのある農家さんと直接やりとりして、という感じですか?

広田:はい。で、丸鶏は結構あるんですけれど、ガラはあまり出ない。もともと肉を売る鶏なんで、農家さんもそのまま全部渡しちゃうんですよ。比内とか名古屋とか会津とかだと色々加工品もあるんで、結構ガラは出るんですけれど、軍鶏は違うんですよね。

−広田さんご自身もそもそも醤油ベースの東京ラーメンがお好きだったんですか?

広田:僕はどっちかと言うと、「野方ホープ」とか豚骨ラーメンが好きですね。

−あ、そうなんですね(笑)。麺は自家製ですか?

広田:いや、三河屋製麺です。特注にしましょうか、という話にもなったんですけれど、あまりしっくりこなかったんですよね。今の商品の方向性は麺も踏まえて進めていったんで、またここで麺を変えるのもどうかなって。今の麺で十分に満足しているので。

−なるほど。ではひとまずこれで。

広田:だからというか、まだ麺はよくわからない部分がありますね。

−あとはやはりスープです。

広田:今はだいたい安定させちゃっていますけれど、乾物を10g加えてちょっと変えてみたり、とかはしています。マニアックな話だと、ウチは醤油をどう上手に出すかというところでやっているんですけれど、スープに旨味の層を入れると醤油がどんどん弱くなります。なんて言うか、フィルターがかかっちゃうんで。だから軍鶏の場合は脂が少ないから、素直に醤油が出るんです。そこにいろんな旨味を足して醤油の強さを取りつつ、旨味を足す、っていうんですかね。まあ感覚ですね(笑)。だから簡単に言うと、今の状態に昆布をぽんといれると甘くなって醤油っぽくなくなるんです。逆に昆布を引っこ抜くと醤油が強くなる。あとは乾物で調整したり、あと炊き出し方とか。

特製つけそば(1200円)

−微妙な調整を繰り返すのですね…。それにしても、オープン以来、安定した人気店となっています。

広田:ありがたいことに。「鈴蘭」の頃からのファンの皆さんが盛り上げてくれて、そのまま来た、って感じですかね。

−『ミシュランガイド』への掲載はいつからですか?

広田:オープンした2015年からですね。4年経ちますけれど、4年連続です。

−それはすごい。覆面の人が来るんですよね?

広田:まあ、覆面調査員が来て、最後に閉店後に来て、挨拶して帰る、みたいな。

−やっぱり何回か来るんですか?

広田:1回来て載ったら、また年明けて適当なときに食べに来て、また来年もお願いします、って感じですね。

−1回来たときの判断で掲載を決められたんですかね。

広田:いや、そこはわからないですね。知らない間に来ているかもしれない。挨拶する人は別にいて、覆面調査員というのがいるのかもしれないですね。

−それにしても、ラーメンというジャンルが取り上げられ始めた最初の頃の掲載ですよね。

広田:その次の年くらいだと思いますね。

−ともあれ客観的な評価ですから。すごいことですよ。

広田:全然そういうことは考えたこともなかったので…ラッキーでしたね(笑)。いつの間にか載っていたっていう感じなんですが。

−それで客足は伸びましたか?

広田:そうですね、やっぱりちょっと伸びましたね。

−食べログでも「百名店」などにカウントされていますが。

広田:そうですね。まあ、こんなに忙しくなるとは考えてなかったです(笑)。

新たな展開に向けて

−毎日さぞやお忙しいだろうと思われますが、平均的な睡眠時間はどれくらいですか?

広田:4、5時間くらいですかね。忙しいときは朝8時半くらいにここに来て、23時頃に帰るんですけれど、その間ほとんど座れないです。

−腰は大丈夫ですか?

広田:腰はまだ大丈夫ですけれど、まあ、疲れます(笑)。でも今はスタッフも増えて連休も取れるようになったんで、だいぶ楽ですね。前は1年で連休を取れるのが年末年始とお盆だけだったので。

−お休みの日はラーメンの食べ歩きとかされるんですか?

広田:もう何もしないですね(笑)。ラーメン食べちゃうと、影響されやすいんで…。営業中も味見をする程度で、ラーメンはあまり食べないですね。惰性で食べちゃうと、味がわかんなくなっちゃう(笑)。味をこうしようと核心を突こうと思ったら、1週間くらい塩分を抜いたりするかな。

−いやいや、ストイックですね。

広田:塩分って、慣れちゃうんですよ。外食続くとこういう味に慣れちゃうじゃないですか。

−作り手である以上、そこは強く意識されているのですね。

広田:そうですね。あとはやっぱり飲み物なんかも、水とかだけにして、ジュース類は一切飲まないですね。こちらが健全じゃないとちゃんとした判断ができないというところがありますから。だからそこはストイックにやっていますね。タバコも吸わないし、酒もほとんど飲まないんで。

−そういうあたりは空手をやってらっしゃったこととも関係がありそうですね。

広田:スポーツ選手って試合前とかにめちゃくちゃ身体を作り込むじゃないですか。こういう商売って毎日が試合みたいな感じなんで、だからその準備をずっとやるっていうか。

−今、広田さんがお休みされている月曜は、他のスタッフの方たちによる特別メニューが振る舞われていますよね。“MONDAY RAMEN”と呼ばれているものですが、これはいつ頃から始まったんですか?

広田:もう3年位やっている気がしますね。

−このお店のもうひとつの顔みたいになっていますよね。

広田:そうですね。もともと火曜を定休日にしていたとき、月曜の夜を休みにしたいなって思って。月曜の昼だけで十分にお客さんを呼べるようにするにはどうしようと思ったときに、じゃあ限定ラーメンを作って、ある程度そこで一日分やっちゃおうと始まったんですよ。

−あ、じゃあ最初は…。

広田:月曜昼だけでした。だんだんスタッフも増えてきたんで、じゃあ一日やってみて、とやらせるようになって。

−それはスタッフの方もやりがいがありますね。色々チャレンジもできるし。

広田:そうですね。常連さんも違うラーメンが食べられるし、そういうのもいいかなと。

−インテリアや音楽など、他の店にはないオリジナリティが全面に溢れ出ています。

広田:簡単に言うと、ほとんど店にいるんで、自分の部屋みたいな感覚でやっています。自分がテンション上がる空間でやりたいっていうんですかね。

−「RAGE」という店名は、Rage Against the Machineというアメリカのロックバンドから取られているんですよね?

広田:そうですね。去年来日したときにスタッフのみんなで観に行きましたよ。Prophets of Rageっていう新生Rageみたいなバンドで来たんですよ。みんな観たことがないから、みんなで休んで行こうぜって行ってきました。

−それはいい話ですね。あと、壁面もいろいろグラフィックがあって賑やかです。

広田:この壁を使って、月イチでアーティストさんを呼んで展示を開催していたこともあります。

−手を合わせて箸を持っている、RAGEのオリジナルロゴのイラストがあるじゃないですか。あれもアーティストの方に描いてもらったんですか?

広田:いや、あれは飲食店の友だちですね(笑)。でもそういうのとか色々と飾っていると、反応を示してくれるアーティストさんもいて、広がりはありますね。

−それにしてもストリートカルチャー全開の空間です。この空間に近所の子どもたちもラーメンを食べに来るという、そのギャップがなかなかいいです。

広田:そうですね。並んでいるときに『AKIRA』を読んでいる小学校低学年の子とかいますよ(笑)。

−おお。そうやってカルチャーが引き継がれていく(笑)。

広田:そうなんですよ。

−お店の今後についてお考えになられていることを少し伺えますか?

広田:希望としては…少しは他の店舗も展開していこうかなというのはありますね。

−新規のお店を出していこうということですか?

広田:そうですね。この店は現状維持…というか僕がずっとやっていく。で、やっぱり、そうすると働いている人たちには新鮮さがないじゃないですか。そういうときに、彼らに活躍の場を与えていくっていうのが、次の使命かなと。もともと空手の指導員をやっていたんで、育てるというのは嫌いじゃないんです。

−格闘技をされてきたからこそ、ですね。

広田:ただ展開と言っても、ガツガツ稼ぐということではなく、経験値を積んでいくということです。お金はそれに付いてくれば、って感じです。

−最後に。西荻で好きなお店はありますか?

広田:そうですね、店の近くで言えば、「ポチコロベーグル」、イタリアンの「チクロ」なんか好きですね。あとは和食居酒屋の「はや人」、スイーツだと「モンド ジェラート」あたりもおすすめですよ。ぜひ行ってみてください。

−行ってみたいです。今日はお忙しいところありがとうございました。

麺尊 RAGE(レイジ)
住所 杉並区松庵3-37-22
電話 非公開
営業時間 11:00〜15:00 18:00〜21:00
定休日 なし

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※本記事に掲載している情報は2019年07月09日公開時点のものです。閲覧時点で情報が異なる場合がありますので、予めご了承ください。