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行列する荻窪の人気カレー店・トマトの店主に聞く

荻窪の商店街脇の路上に、列をなし開店を待ちわびる人々。「欧風カレー&シチュー専門店 トマト」店頭でのおなじみの風景です。1982年に荻窪に開店してから37年。全国から、また海外からもはるばる訪れる人がいる、押しも押されもしないカレーの名店「トマト」の魅力を、店主の小美濃清さんのインタビューで紹介します。

杉並生まれ、杉並育ち

―今日はご多忙中に貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。早速ですが、小美濃さんのご出身についてお聞かせいただけますか。

小美濃:私は善福寺の生まれです。八幡幼稚園を卒園して、その後、杉並区立桃井第四小学校、井草中学校に通いました。お墓を見ると、小美濃家は、どうやら江戸の中期以前から善福寺に住んでいたようです。苗字の由来は、いろいろと説はあるようですけど、昔「美濃山」という山が善福寺のそばにあって、それが関係しているのではないかと言われています。

―ずっと杉並なのですね!

小美濃:代々、善福寺で農業をしていたようですが、母から聞いた話によると、父は戦前、区役所に勤めていたこともあったようです。私たち家族は、父の仕事の関係で、杉並の外に住んでいた時期もありました。今も中学時代まで一緒に学んだ友人たちが、井草八幡宮の近所に何人もいます。

―荻窪に店を構えられたのは、杉並に縁があってのことですか?

小美濃:いや、それは本当に偶然でした。独立するにあたって店を探していた時に、偶然、ここに気に入った物件が見つかったのです。

―荻窪に店を構えられてから、ずっとシチューとカレーの専門店だったのですか?

小美濃:開店当初は洋食屋として始めたので、カレーやシチュー以外のメニューも出していました。貸し切りで立食パーティーをやったり、ケータリングもやっていて、年末には最近では珍しくないけれども、おせち料理も販売していました。ローストビーフなんかを塊で売って。開店して数年後に、数多くのメニューをやっても長く続かないだろうと思い、ルーを使ったカレーとシチューにメニューを絞ったんです。

出会いに背中を押されて

―料理人になられたのは、どんなことがきっかけだったのですか?

小美濃:小さい頃から、食べることは好きでした。高校を卒業した時に、自分の進路を決めかねていて、ラーメン屋やとんかつ屋など、飲食店でアルバイトをしていました。そのうちにやっぱり調理師専門学校に通って専門的な技術を身に付けたいと思うようになり、1年間、調理師専門学校に通いました。その傍ら、料理店でもアルバイトをしていて、当時、渋谷にあった「サモワール」というロシア料理店で夜働いていました。

―料理人としての修行は、どのように積まれたのですか?

小美濃:1年間の学校を終え、いざ就職という時期に、先生方が就職先を色々とあたってくれました。当時、さらに深めたいと思っていた食材は牛肉でした。牛肉は、当時、豚肉や鶏肉と比較して食する機会が少なかったのですが、これからは牛肉の時代だと思い、もっと勉強したかったんです。現在は国産のブランド牛が各地にありますけど、当時は「松阪牛」や「神戸牛」しかなく、関西が主流だったんです。また、当時は、都内の料理店では、料理人は中学を卒業して、店で修行を積むというのが一般的で、調理師学校の卒業生を受け入れてくれるようなお店は、個人経営の小さなところしかなかった。先生方がやっと見つけてくれたのが大阪のお店で、迷いました。

―それまでずっと関東にいらしたんですものね。

小美濃:そうです。知らない土地ということもありましたが、友人たちで関西に就職する者はおらず、「いじめられるよ」などと脅されました(笑)。そんな時、電車に乗っていたら、ある人を見かけたんです。新宿アルタが建つ前に、「二幸食品店」と言う食料品専門のショッピングセンターがあって、その地下で大人気のピロシキを揚げていたニーナさんでした。ニーナさんは当時有名な方だったので私はすぐ分かりましたが、向こうはもちろん私を知らない。どうしようかと思ったのですが、就職先で悩んでいた私は、何を思ったかニーナさんに車内で話しかけ、相談しました。ニーナさんは、見ず知らずの私の話をとてもよく聞いてくれて、こう言ってくれました。「中国の人は、大事な家族を遠方に送って勉強させ、帰った後にその家が繁栄するといいます。あなたも勇気を持って大阪に行かれたらどうですか」。その一言で、大阪行きを決めました。

―修行先はどのようなところでしたか?

小美濃:食品会社が経営しているグループ店の1店で、梅田にありました。グループ会社には飲食店がいくつもあったのですが、その中で一番の高級レストランです。店には調理担当も含めて40~50人ぐらいスタッフがいて、私たちコックは二交替制でした。料理長の方針で、早番の新人は、後から出勤してくる先輩たちのために、オムレツ、ガーリックトースト、ミルクティーをまかないで作って出迎えるというのが常になっていて、それが嬉しかった。入ったばかりの新人に、オムレツを作る機会を与えてもらえることなんてないですからね。オムレツを作ることでフライパンの火加減を教えてもらいましたし、ガーリックトーストでオーブンの使い方を学びました。

―いい料理長に恵まれましたね。

小美濃:料理長は、とてもコミュニケーションを大切にする人でした。月に1度、スタッフのためにカレーを作ってくれたんです。それが本当においしくて、忘れられない味で、その味を目指して、考え、調べ、試行錯誤を重ねて生み出したのが、今の「和牛ビーフジャワカレー」です。

―料理長のカレーはどんなカレーだったのですか?

小美濃:大阪からは淡路島が近かったので、玉ねぎは淡路島産でした。スライスした玉ねぎを大きな鍋であめ色になるまでじっくりと時間をかけて炒めて、コンソメでのばしてルーと合わせていました。とろみが少なくさらっとしていて、コクがあり、辛みと甘みがちょうどいいバランスでした。休日にお宅を訪ねて、ごちそうになったこともありました。

小美濃流のカレーへの道

―子どもの頃からカレーはお好きだったんですか?

小美濃:もちろん、子どもは総じて、カレー、好きですよね!(笑)子どもの頃、うちの母もカレーを作ってくれました。赤い缶に入ったカレー粉を炒めて、ジャガイモやニンジンが入っていて。豚肉か鶏肉か忘れたけど、入ってました。

荻窪に店を構えた頃の小美濃さん

荻窪に店を構えた頃の小美濃さん

―「トマト」のカレーは「欧風カレー」とありますが、「欧風カレー」というのはどんなカレーですか?

小美濃:欧風カレーは、もともと、家庭やレストランで作っているルーカレーのことを言います。神保町の「欧風カレー ボンディ」の社長が、昔洋食のお店をやっていて、「洋食のカレーだから欧風カレー」と呼んだのが最初だと思います。カレーは、インドカレー、タイカレーなど色々種類がありますが、うちのカレーはどこの分類に入るだろうかと考えた時に、ルーを使っているので「欧風カレー」がふさわしいと思いました。

―ルーを使ったカレーというのは、当時はどこの店でも出されていたんですか?

小美濃:洋食を出すレストランなら、きっとそうだったでしょう。日本の洋食は、フランス料理の現代化に取り組んだオーギュスト・エスコフィエ氏の教えを基本としていたんです。昔からフランス料理は、丁寧に、コトコト煮込む料理が主流でした。それらの料理には、ルーを使った料理が多かった。例えば、グラタンとかシチューとか。しばらくしてから、「ヌーベルキュイジーヌ」と言う新しいフランス料理のスタイルが流行して、現在に至っていますが、私は日本人の原点にあるフランス料理は、煮込む料理じゃないかと思うんです。

―フランス料理の伝統的な料理法を生かしているのが欧風カレーなんですね。

小美濃:そうです。そしてカレーは、基本的には日本のものだと思っています。どこのお店のカレーも日本人の口に合うように、アレンジされているでしょう。かつて、カレーを出すどこの店でも、ルーから作っていたと思いますけど、今は少ないんじゃないかな。業務用においしいものが販売されていますからね。

トマトの現在のメニュー

トマトの現在のメニュー

―多くのファンを惹きつける「トマト」のカレーは、どのように作られるのでしょうか?特徴的なところを教えていただけますか?

小美濃:カレーをお出しするには、ルー、スープ、具材、ライスが必要となります。まずルーでこだわっているのが、36種類のスパイスです。スパイスの中には、漢方医学で用いられる薬の役割を果たすものがあり、滋養強壮や胃や腸などを整える作用があります。スパイスを料理に使う場合、ふつうは細かく砕いて使用しますが、うちの場合にはほとんどを砕かずにホールで使っています。

スパイス。ラベルは奥様の手書き

スパイス。ラベルは奥様の手書き

―開店した当初から、カレーに36種類ものスパイスを使われていたんですか?

小美濃:最初は、スパイスは6種類か7種類ぐらいしか使っていませんでしたが、メニューを絞った時に他との差別化を考えて、スパイスのことを学びました。杉並区立中央図書館に、ボロボロだったのですが漢方の本があって、その本で勉強しました。あまりにボロボロだったので、ある時、図書館から消えてしまったのですが、最近、同じ本を息子が見つけて、買ってきてくれました(笑)。ショップカードにも書いているのですが、「もっと美味しくて、健康に良いものをお客様に」という思いで、資料から学ぶ以外でも、メーカーのカレーに入っているスパイスの種類などをとことん調べました。漢方は、組み合わせて使ってはいけないものや、たくさん摂ってはいけないものもある。何をカレーに入れるとおいしいのか、健康に良いのかを調べまくりました。その結果、現在使っている36種類のスパイスと配合になりました。

トマトのショップカード。小美濃さんの思いが込められている

トマトのショップカード。小美濃さんの思いが込められている

―小美濃さんと奥様を拝見していて、とてもお肌がおきれいだなと思ったのですが、それもスパイスの効果でしょうか?

小美濃:どうですかね。ただ、私はすごく健康で、毎年受診している健康診断でも、悪いところはどこもないです。毎日、味を見るために食べて、健康にいいことを自らの体で実験しているような状態ですね(笑)。

―スパイス以外にルーでこだわられているところはありますか?

小美濃:香味野菜なども入れて煮込んでからオーブンで仕上げますが、こす作業は原始的に手作業で、丁寧にやっています。カルダモンなどの煮ても溶けないスパイスは、だしでとって、中身もとって、最後の皮だけになったものをまたこすというように。そのひと手間、二手間が、味に影響します。また、ルーは作ってすぐカレーにするのではなく、1週間ほど寝かせます。

―1週間もですか!寝かせる効果は、どんなところにあるのでしょうか?

小美濃:寝かせるというのは、熟成させるということです。スパイスを多種入れるので、出来立てはすごくとがっているんです。それを寝かせることで「丸くなる」というか、まろやかになります。家庭で作るカレーでも、1晩経って翌日食べると、作り立てとは違うでしょ。

―ルーと合わせるスープは、どのようなスープなのですか?

小美濃:うちではスープは3種類用意していて、ビーフコンソメ、フォンドボー、チキンスープです。ビーフコンソメは、黒毛和牛の肉のサイド、スジや脂、フォンドボーには北海道産の仔牛、チキンスープは大山地鶏を使っています。どれも濃厚なので、冷めるとゼリー状になります。カレーの具材に合わせて、3種からセレクトして合わせます。

―スープの材料や具材へのこだわりはどんなところですか?

小美濃:スープの材料は、どれも国産です。ビーフカレーはよく出るメニューの1つなのですが、今は長野県飯田市の信州プレミアム牛肉を使っています。仔牛と牛タンは北海道産です。牛タンは、2001年に狂牛病が国内で発生した時に、仙台市から同業者が多く来られて、「うちはずっと国産の和牛にこだわっている」とお話しましたが、驚いていました。輸入品と国産は、価格が大分違うんです。食べてみると違いも歴然ですし、国産が安心だと思っています。信州プレミアム牛肉は、送ってもらっている「たかどや牧場」にも視察に行きました。ライスはコシヒカリを使っていますが、4~5人前ずつ炊いて、炊き立てに近い状態で出すようにしています。

シーフードカレー。巨大なムール貝は、生ガキのように柔らかくジューシー

シーフードカレー。巨大なムール貝は、生ガキのように柔らかくジューシー

―シーフードカレーも人気だとお聞きしていますが、どのような魚介類が入っているのですか?

小美濃:ズワイガニのカニの爪、エビ、ムール貝柱、ホタテ、サーモンを入れていますが、ムール貝以外は、豊洲市場から仕入れています。市場で「どんな料理に使うんだ」って聞かれたことがあって、「カレーだ」と言ったら、「もったいない」って言われました(笑)。生食でも食べられるような鮮度のいい物を入れています。エビは「メキシコ」というメキシコ産の天然エビを使っていますが、ブラックタイガーの3倍も値段がする大きなものです。ホタテ貝柱は北海道産です。ムール貝は、石巻の牡蠣も養殖している業者から直送で仕入れていて、とっても大きなものです。東北の復興支援の意味もあって石巻から仕入れることにしましたが、ムール貝を入れるようになってから、シーフードカレーは人気が出ましたね。どれも生でそのまま食べられる鮮度なので、火を入れ過ぎて固くなるようなことがないように、特に気を配っています。

―杉並区の「健康づくり応援店」にも協力されていますよね。ヘルシーメニューはどのようなメニューですか?

小美濃:「和牛ビーフジャワカレー+季節の野菜入り」が対象メニューです。野菜が約270g~350g入っていて、1日の野菜摂取目安料の77%~100%が摂れることになります。野菜で山盛りになりますよ(笑)。旬の野菜を使うので、その時その時で野菜がちがいます。

「和牛ビーフジャワカレー+季節の野菜入り」のメニュー

「和牛ビーフジャワカレー+季節の野菜入り」のメニュー

令和の「トマト」

―現在はお店に奥様と二人でお店に立たれていますが、奥様と出会われたのはいつ頃ですか?

小美濃:修行をしていた大阪から東京に戻った後、資生堂の銀座店の厨房やレトルトカレーの開発などに携わったのですが、その頃に出会いました。荻窪に開店した当時は、子ども達がまだ小さかったこともあり、近所の方にアルバイトで手伝ってもらったりしましたけれど、妻がいなかったら、今日まで店はできなかったかな。なくてはならない存在です。私はプロの料理人という視点でいつも物を考えていますが、妻はお客様目線で物事を考えてくれます。その両方のバランスがあったからこそ、今日があるのだと思います。

―おいしいカレーを追求するために何か気をかけていることはありますか?

小美濃:職人ですからね。昔は人づてに聞いた人気店のカレーを食べに出かけたり、フットワークが軽かったのですが、今は私に代わって妻や子どもたちが食べに行って、報告してくれます(笑)。私は食品メーカーの人と話すなど、別の方法で情報収集しています。

―毎日、何人もの方が並んでいますが、外国人の方もいらっしゃるんですか?

小美濃:本当にありがたいことです。並ばずに食べていただければいいんですけどね。外国人も来られます。少し前までは欧米人が多かったのですが、今はアジアの人が多いかな。昔は予約も受けていたのですが、予約時間の少し前から席を空けておかなくてはならない。予約なしで並ばれたお客様を、空いているのに店に入れて差し上げられないような状況が起きてしまうので、「平等に」という思いで、順番性にしました。1回の営業時間で提供できる量に限りがあるので、余り列が長くなってしまった場合には、開店前に妻が行列の人数を数えて、お断りすることもあります。

―今後のことをお聞きできますか?

小美濃:私はご覧の通りのんびりしている性格なので、「こうなりたい!」みたいなのはないんですよね(笑)。今、荻窪と言えば「ラーメン」って言われるほどラーメン店が多いでしょ。カレーは、多種多様で様々なタイプのカレーがあるので、もっと荻窪にどんどんカレー店が進出して、「荻窪と言えばカレー」のように、カレーで街がにぎわってほしいですね。うちに関して言えば、今までと変わらず、「来てよかった」と笑顔で帰っていただけるようなお店でずっとありたいです。

―最後に、小美濃さんの考える「おいしいカレー」とはどんなカレーですか?

小美濃:手を抜かないで、「愛情を一杯にこめたカレー」だと思います。

―今日はお忙しいところ、ありがとうございました。

トマト
住所 東京都杉並区荻窪5-20-7吉田ビル1F
電話 03-3393-3262
営業時間 11:30-売り切れ次第終了 / 18:30-売り切れ次第終了
定休日 ​水曜・木曜(不定休あり)

※本記事に掲載している情報は2019年5月30日公開時点のものです。閲覧時点で情報が異なる場合がありますので、予めご了承ください。