杉並の名建築を訪ねる<座・高円寺>

2009年5月に、舞台芸術の創造と発信、そして地域に根ざした杉並区の文化活動の拠点として開館した座・高円寺(杉並区立杉並芸術会館)。区の設計の企画段階から、高円寺に暮らす人々の他、演劇関係者もアドバイザーとして参加し、設計者の伊東豊雄氏とともに検討会を立ち上げ、いまだかつてない空間として造り上げた公共ホールです。
今回はこの座・高円寺について、杉並の建築に詳しく、<一般社団法人杉並たてもの応援団>の代表を務める一級建築士の大嶋信道氏にレポートを依頼。二つの劇場、阿波おどりの練習場を主眼としたホール、そして、けいこ場、作業場、カフェ、演劇資料室など多様なスペースを要する施設を、建築的視点から紐解きます。

座・高円寺
住所 杉並区高円寺北2-1-2
電話 03-3223-7500
開館時間 9:00~22:00
休館日 年末年始及び館内整理日
URL https://za-koenji.jp/

外観

設計者の伊東豊雄氏が提案したのは、鉄板を使った「四角いテント小屋」であった。それは、JR中央線や環状七号線の騒音と高さ制限を考えると、大部分の施設を地下に埋め、閉じた箱にしたいと考えていたからという。それと同時に、「あえて閉ざす」ことで何か新しい芸術が生まれてくるという期待感が、うまく組み合わさると良いのではとも思っていたそうだ。実際には、1階に造る予定の座・高円寺1を「もう少し気積(※室内の空気の総量のこと)を取るために天井を高くしたい」といった検討会の意見や、鉄板の平らな屋根が高円寺の人々から不評だったことなどを踏まえ、テントのようなドレープを持つ、現在の形状となった。

地上部分の構造の特徴なのだが、ここには一般の建物のような柱が一本もない。厚さ225㎜の壁が、外周と劇場とロビーの間に立ち、建物全体を支えている。厚さ225㎜の壁というのは、この建物の大きさからすると、膜のように薄い。まるで布で出来た仮設物であるテントを耐震や防火の観点から恒久的なものにするため、鉄とコンクリートのハイブリットな素材を開発し、実現したのだ。外観を特徴づけるこげ茶色に塗装された鉄板は、構造体がそのまま表現されているのである。
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エントランス・メインロビー及び階段

エントランス・メインロビーは、「閉じられた」空間に丸窓から注ぐ陽光と一体化した照明が、木漏れ陽のようなたたずまいをつくる。伊東豊雄氏はあるインタビューで「昔から洞窟のような空間が好きだった。自分にはそういう体質がある」とも答えている。座・高円寺の階段については、「あまりドライではなくて、少しウエットで奥行きを感じさせるような志向が、今回は初めて垂直方向に出てきたのだろうと思う」と話していた。階段空間を別の角度から見ると、この空間は常に誰に対しても開かれ、外ともつながっている。それをつなぐのが楕円の形のまわり階段ともいえる。
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座・高円寺1(1階)

ここは、様々な舞台形式に対応できる正方形でフラットな床の、いわば「ブラックボックス(何もない空間)」である。すなわち、舞台の配置も自由であるし、客席の配置も同様だ。内形20m×20mの正方形に、舞台のレイアウトに応じステージデッキで階段状の客席を手動で積み上げる。このホールでは、舞台の構造に縛られずに、演出に応じた舞台をその都度「造り出せる」。これは、検討会で理想とされたホールを実現すべく、議論を重ねた結果だそうだ。(建築史を眺めてみると、実は20世紀初頭にも、様々な演出家や建築家から劇場の建物自体を上演作品に応じて変形したいという提案がなされていた。代表的なのはヴァルター・グロピウス(ドイツの建築家。世界的に知られる教育機関「バウハウス」の創立者・初代校長)が1927年に考案した「トータルシアター計画案」だが、他の野心的な計画と同様、実現しなかった。)
座・高円寺1は、演劇人たちの夢や理想を引き継ぎつつ、21世紀のテクノロジーによって実現したものといえるだろう。例えば、客席から上を向くと見える「すのこ」の上には、可動式の点吊機構があり、それによって照明、美術を吊るすトラスバトンを任意の位置に動かすことができる。また、劇場空間は、外部と同一レベルでつながる構造になっている。つまり、建物と外との境の引き戸やシャッターを開けると、エントランス、ロビー、ホール、搬出入ヤードと、座・高円寺前の広場とがひとつにつながっているのである。「あえて閉ざす」建物全体のコンセプトとこの「外と広くつながる」対比は、なかなか面白い。このような座・高円寺1を称して、広報担当の森直子氏は「自分たちの常識を覆す機会を与えてくれる劇場であり、それによって建物の可能性が一層広がっていくように感じる」と言われた。座・高円寺1で上演する公演は、そんな空間的な面白さを意識して使う劇団が多く、作品ごとに劇場が変化する様子も楽しめる。
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座・高円寺2、Galleryアソビバ、椅子(地下2階)

区民を含め誰もが表現の場として利用しやすい造りとなっているのが、この座・高円寺2だ。方向性を持たない自由な空間である座・高円寺1と異なり、舞台が片側にあるエンドステージ形式をとる。舞台の奥行きを変更できるため、実際に使っているのは、アマチュアからプロフェッショナルまで幅広い。演劇、ダンス、ピアノの発表会、カラオケ、バレエ、映画上映会、落語など多彩な催しが行われているが、森氏によると、客席と舞台の距離がとても近く感じられ、観にくいといった声はこれまであまり聞いたことがないということだ。
座・高円寺には、それぞれに劇場専用のロビーはない。劇場と劇場をつなぐ空間としてのスペースは、時に通路になったり、ロビーになったり、カフェになったりする。地下2階は、こうした空間を使って、地域イベント関連展示、若手アーティスト応援企画などを月替わりで行う「Galleryアソビバ」として運営されている。ここにある椅子も含め、家具は藤江和子アトリエのオリジナルデザインだ。1枚の板を折り曲げたようなテーブル付きの硬質なデザインの椅子と、かたや曲面の柔らかい感じの赤い椅子。藤江氏は何度も伊東建築に家具のデザインで参加、協働を重ねている。
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阿波おどりホール(地下2階)

日々の練習や発表会など、阿波おどりでの利用を主眼とした白木の平土間のホール。その一方で、天井の高さ、空間の大きさを活かして、身体表現の稽古や発表会、楽器を使ったコンサートを行ったり、明るくフラットな空間なため子どもを対象とする人形劇の公演などにも利用できる。
NPO法人東京高円寺阿波おどり振興協会も杉並区とパートナーシップを結んでおり、杉並区に拠点を置く東京高円寺阿波おどりに参加している44連(阿波おどりは「連」と呼ばれるグループごとに参加する)が、代わる代わるこの阿波おどりホールで練習を行っている。空間全体が二重の壁で覆われて、同時に音の反射を和らげるために室内の壁が直角に交じり合わないような構造になっているなど、屋外でなくとも、下駄を履いた踊り手や、鉦(かね)や太鼓などの鳴り物が、思い切り演舞できるための工夫がなされている。
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けいこ場、作業場、音響・映像室(地下3階)

公共建築としてホールの中にけいこ場を持つところや、さらに、道具の制作(作業場1)と衣装の制作(作業場2)をする施設もあるところは、まだ少ないのではないだろうか。もともとヨーロッパの劇場は、一般にこれらが揃っている。様々なスタッフが同じ空気を吸いながら一つの作品を作り、街に発信していく。座・高円寺の目指すのは、そうした作り手が集える空間であるともいえる。
例えば、小道具や大道具を制作するための作業場1、衣装を制作する作業場2。これらの作業場では、それぞれのスタッフが、中学生や高校生と一緒にものづくりワークショップを行い、成果物を地下2階のGalleryアソビバに展示することもある。また、年に1回、演劇に関心がある地域の「大人」が集い、稽古を重ねて公演する。「プロのスタッフと子どもたち、街の人たちが出会うことで、劇場や演劇、そこで働いている者の存在をより身近に感じてもらえる機会」(森氏)になるという。
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カフェ アンリ・ファーブル(2階)

壁の一面は、構造壁の鉄板がむき出しになっている。この壁に、強力な磁石で留めるラックに絵本を入れてレイアウトしている。他に例を見ないユニークな書架である。しかも、このタイプであれば、ラックの場所を移すのが自由なのでレイアウトの幅も広がる。座・高円寺は2,000冊を超える絵本を所蔵し、季節ごとに選んだ絵本250冊を展示、カフェ内で自由に読めるようにしている。
カフェとしての営業時間は、オープンが11時30分、クローズは19時とのこと。地域の名店とコラボした商品(高円寺・ラザニ屋のラザニアやさわやこおふぃのコーヒー、阿佐ヶ谷・シンチェリータのジェラートなど)が目玉で、他にも旬の素材を活かした様々なメニューも楽しめる。ぜひツイッターで発信される情報に触れて確かめてみて欲しい。高円寺愛溢れる徳島出身の店主・大谷尚義氏はユーモアたっぷりで、訪れた際には声をかけることをおすすめする。
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最後に

3階にある演劇資料室(アーカイブ)では、日本劇作家協会の協力も得て、現代日本で活躍する劇作家の戯曲6,000冊以上を収蔵している。閉架式だが火曜日から日曜日まで、館内で閲覧できる。収蔵戯曲はオンラインで検索できるため、公演のために台本を探している高校生などもよく訪れるという。
なお、座・高円寺は2011年第52回BCS賞受賞、2014年度地域創造大賞(総務大臣賞)を受賞しているが、音響設計は永田音響設計が、また構造は佐々木睦明構造計画研究所が当たっており、設計担当の伊東豊雄設計事務所と合わせ、世界的なレベルの専門機関が設計した施設であることを記しておく。

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※本記事に掲載している情報は2021年02月17日公開時点のものです。閲覧時点で情報が異なる場合がありますので、予めご了承ください。