情緒的なバンド、阿佐ヶ谷ロマンティクスに聞く

左から堀智史さん(キーボード)、古谷理恵さん(ドラムス)、有坂朋恵さん(ヴォーカル)、貴志朋矢さん(ギター)

「阿佐ヶ谷」と名につく、インパクト大の5人組バンド。ロックステディや中南米の音楽の要素を日本語ポップスに落とし込んだ音楽性が魅力の”阿佐ヶ谷ロマンティクス”は、国内ではFUJI ROCKへの出演経験があり、インディーズでありながら海外にもリスナーが多数います。大学時代に決めたバンド名や阿佐ヶ谷の街への思い、行きつけの飲食店について、また今後の活動についてのお話を伺いました。
(インタビュー協力:スタジオ ZOT阿佐ヶ谷)

バンド名に「阿佐ヶ谷」とついている理由

―今日はお忙しい時期にお時間頂きありがとうございます。「阿佐ヶ谷」と地名が付くことについてからお話をお伺いしたいと思います。

貴志朋矢さん(以下、貴志):大学4年生の頃にバンドを結成しバンド名をどうしようかと思っていました。そんな時に「阿佐谷ビール工房(2016年に閉店)」の屋上で飲んでいた時に”阿佐ヶ谷にちなんだ名前がいいな”と思ったのがきっかけです。ゴロが良いので覚えてもらいやすいというのもあります。

有坂朋恵さん(以下、有坂):大学のサークルでやっていたメンバーで結成しました。そのサークルもそろそろ引退という時期になり、でもまだ音楽を続けたいよねという話になりました。

古谷理恵さん(以下、古谷):当時そのサークルにいろいろ書いて良い掲示板のようなノートがあり、架空のバンド名を書き連ねるゲームをしていました。

堀智史さん(以下、堀):絵を描いている人もいましたね。

貴志:その時に”阿佐ヶ谷ロマンティクス”という架空のバンド名があって、それをいただいちゃおうという感じでした。

:実はメンバーが決めたわけではないんです。

―「阿佐ヶ谷」という街の名前がバンド名についていることについて、周りからはどのような反応がありますか?

貴志:”阿佐ヶ谷の出身なの?住んでいるの?”と聞かれることは多いです。

古谷:私は南阿佐ヶ谷に住んでいたことがあります。阿佐ヶ谷は住みやすい街で本当に良かったです。

:結成当初から住んでいたというわけではないんです。

古谷:ただ大学時代から阿佐ヶ谷で遊んだりはしていました。

貴志:のちに古谷が「TABASA」で働き始めて。

:よりメンバーが阿佐ヶ谷へ通うようになりました。

貴志:先日、大学時代のサークルの忘年会をTABASAを貸し切ってやりました。

:自分たちの周りの人も阿佐ヶ谷に寄ってきています。自分たちが阿佐ヶ谷へ寄せていった結果、”周りもついてきたな”と感じています。

貴志:私は阿佐ヶ谷に引っ越そうと思い物件を見つけたのですが、すぐに埋まってしまったんです。

古谷:北はブルックリン、南はマンハッタンと言われているらしいですよ(笑)

貴志:忘年会は南阿佐ヶ谷から出発し新高円寺のカラオケで締めたりしていました。飲み屋さんも多いですし。

:結構お酒を飲むバンドなので、そういった意味では楽しい街です。

阿佐ヶ谷の街での楽しい日々

―行きつけの飲食店などはありますか?

:「TABASA」には良く行っています。

阿佐ケ谷駅北口アーケード商店街を抜けたところにあるTABASA

古谷:堀と私は「TABASA」の周りの人と別のバンドを組んでいたりと音楽の関わりもあります。

:飲むだけではなく、通ううちに音楽の関わりもできました。

貴志:私は住んではいないのですが、よく遊びに来ています。「TABASA」で飲んでカラオケをして、朝5時くらいまで遊んだこともあります。

古谷:「居酒屋越川」などで飲んで、「TABASA」で遊んで、「カラオケオリーブ」に行って・・・、というお決まりのコースがあったのです。

阿佐ケ谷駅北口にあるカラオケオリーブ

古谷:「餃子酒場」にも行きましたね。

:そういえば行きましたね。朝5時からハッピーアワーが始まったりするんです。でもやっぱり一番よく行くのは「TABASA」です。そこを経由してどこかへ行きます。

―飲み屋さん以外ではどうすか?

有坂:南阿佐ヶ谷に「更科そば店」というお蕎麦屋さんがあります。古谷がその近くに住んでいたので、そこに入り浸って朝方まで駅方面で遊んでいました。古谷の家に泊まって昼に起きておそばを食べて元気になるという感じでした。

本間玲さん(以下、本間):私は阿佐ヶ谷には疎いのですが、終電がなくなって古谷の家に行っていた時には有坂と一緒に「更科そば店」に良く行きました。酔い覚ましみたいな感じでした。

古谷:阿佐ヶ谷の音楽スタジオ「ZOT」には個人練習にも行きます。阿佐ヶ谷姉妹の恵理子さんも来ているらしいと店長に聞きました。

貴志:誕生日の時に「MYNT」という新高円寺の洋菓子店のケーキを食べました。

有坂:キャラメルと梨のケーキだったかな。猫の恩返しのモデルになったと聞きました。美味しかったです。

新高円寺駅近く青梅街道沿いにあるMYNT

古谷:みんなで「パブリック」に行ったこともあります。お酒もお料理もおいしかったです。通っているわけではありませんが、”みんなにここ美味しいよ”とおススメできるお店で間違いないです。

:満足度の高い定食屋さんがあると助かります。

古谷:私はラーメン屋の「えのけん」と中華料理の「朝陽」がお気に入りです。「えのけん」ではスタミナ丼、「朝陽」では玉ブタ定食をよく食べます。

阿佐ケ谷駅南口から徒歩4分にあるパブリックのおすすめメニュー。アンガス牛肩ロースのグリル

―阿佐ヶ谷の街についてお伺いします。結成してから変わったところとか変わってほしくないところなどありますか?

有坂:変わったところはまず、「阿佐谷ビール工房」が閉店してしまったことは残念でした。”春は遠く夕焼けに”というシングルのジャケットは偶然にもイラストレーターの方が「阿佐谷ビール工房」を描いてくださったんです。自分たちの中では一番変わってしまったと思うところです。

貴志:マンションに建て替わりましたからね。阿佐ケ谷駅の高架下がおしゃれになったなと思います。昔は雑居ビルというか喫茶店があり、そこでアーティスト写真の撮影をしました。街が変化していくことは仕方がないのかなという思いと寂しい思いがあります。でも、スターロードがある限りは雰囲気は変わらなさそうとも思っています。

:元々あったお店が無くなっていくのは寂しいですね。

有坂:一方で新しいお店ができたりするのが楽しみではあります。

古谷:店はだいぶ入れ替わったイメージがあります。でも阿佐ヶ谷のいい雰囲気は変わってないかな。たこ焼き酒場やクラブなど新しい場所もできたと聞き、行きたい場所も増えてきました。

有坂:行ったことのないお店もいっぱいあるから。でもチェーン店ばかりになってしまったら悲しいね。

:昔ながらのお店が残ってくれたらうれしいな。

”春は遠く夕焼けに”のCDジャケット(画像提供:阿佐ヶ谷ロマンティックス)

音楽について

―では音楽の話に移ります。そもそもみなさんはどのように音楽をはじめられたのですか? きっかけを教えてください。

貴志:幼稚園の頃からピアノをやっていて、中学2年まではピアノ教室に通っていました。高校受験で勉強が嫌になってギターをやりたいなと思い、”高校に受かったら買ってあげる”と母親に言われて、高校からギターをやり始めました。2万円のアイバニーズというメーカーのギターでした。初心者セットが嫌で、お茶の水へ行って弾けないのに買いました。

有坂:私は物心ついた時から歌うのが好きでした。小さいころから歌を歌っていたのですが、小学校で授業の合唱も好きで、通っていた学校が音楽に力を入れていたので活発にやっていました。一時期は合唱団に入ったこともありました。高校で軽音楽部に入って、そこでドラムの古谷が一つ上の先輩でドラムを叩いていたんです。”かっこいい”と思い、ドラムを叩きながら歌ったりもしていましたね。ドラムも頑張っていましたが、褒められるのは歌ばかりでした。それでボーカルへとシフトしました。

:僕は幼いころからクラシックピアノをやってはいたのですが、難しくて。高校の時にバンドって楽しそうだなと思いキーボードを始めました。でもロックバンドのキーボードも難しくて。続けていくうちに、大学のソウルやR&Bをやるサークルに入って、多ジャンルの音楽が楽しくて今に至ります。ピアノでもやってみるかという感じで始めて20年くらいは続けています。結構続いていますね。

古谷:音楽は聴くのは好きでインディーズバンドなども聞いていました。高校に入って剣道をやっていたので、バドミントン部に入ろうと思っていたのですが、新入生歓迎ライブでレイジアゲインストザマシーンをやっている先輩たちのライブを見て”バンドをやろう”と思いました。最初はベースをやりたかったのですが、私の兄は二人ともドラムをやっていたため、電子ドラムセットが家にあり、練習もできると思いドラムをやり始めました。

本間:ベースを始めたのは大学に入ってからなんです。最初は違うジャズの研究会のサークルにいたのですが、ウッドベースがいないと言われ、”演奏する機会が多そうだな”と思いウッドベースを買って始めました。その後、同じ部室にあった別のサークルの子が”エレキベースやろうよ”と誘ってくれたので、そのままエレキベースを始めました。

貴志:本間は僕と同じ高校の出身。ベースを弾ける人がいなくて、突如大学で現れたんです。高校の時なんで出会わなかったんだろうと思いました。大学から始めたんだからすごいよね。

―どのような曲、歌詞が多いですか?

古谷:そうですね。歌詞は自分に当てはまるところとそうではないところ。日常とは違うからこそ引き立つことがあると思っています。

:部分部分で、”こういう時あるよな”っていう時もあれば”これはないな”という歌詞もありつつです。等身大の物語というかストーリーが多いと思います。

貴志:大学のころからバンドを始めて、社会人になってという経過の中でモラトリアルの移り変わりというか、そういう曲も書きました。最初のアルバムから見ると変わってきています。

古谷:貴志の歌詞は直球じゃないから想像できる余地があるというか、自分に当てはめる余地があると思います。人によって見方が変わってくる。

有坂:情景とかの歌詞が多いよね。”こう思った”とかではなくて、”その時この景色でした”という描写で。歌いやすくて良いです。

貴志:歌詞はメインで私が書いています。普通に日々の生活のことを描いているつもりです。日々の日常の中で話題を見つけています。

―楽曲を通じて伝えたいことはありますか?

貴志:コロナ禍の中では特に音楽が精神安定剤みたいな感じでした。誰かが僕たちの音楽を聴いて日常が始まるというようなアクションがあったら嬉しいなと思います。

有坂:日常の中で聴いていて、少しでもその人の気持ちが前向きになるような、後ろ向きでもいいんですけどそれを受け入れられるような瞬間を、曲を聴いているときに過ごしてもらえたらなと思っています。たくさんの人にそういう時間を過ごしてもらえたらうれしいので、自分たちの音楽が広まってほしいなと思って歌っています。

:ありがたいことに日本だけではなくて他の国の人も聴いてくださっている。言葉の違う人たちが自分たちの音楽を聴いて”どう思っているのか”というのは、やっている側も気になっています。いずれはそういった方たちの前で演奏して感想も聞いてみたい。

インタビューはバンド練習にも使用するという音楽スタジオZOTで行いました。

―海外のリスナーの話が出ましたが、どのように感じていらっしゃいますか?

貴志:2018年に大きなライブがいくつかありました。7月にFUJI ROCK FESTIVALのROOKIE A GO-GOに出演し、11月には中国のイベントに呼んでもらい、上海と蘇州でライブをしました。日本のバンドを集めたフェスのようなものでした。

有坂:中国でのライブは最高でした。思っていたよりたくさんの人が来てくれました。口ずさんでくれている方もいました。

貴志:中国人の方々はシャイではないので、どんどんこちらに来てくれて僕たちもサインを書くのが上手くなったり、ちょっとちやほちゃされて良い気持ちで帰りました。

古谷:ちやほやしてもらえてうれしかったです。

有坂:国外からどうやって私たちを知ったんだろう。

古谷:本当にインターネットのおかげですね。

貴志:2020年に台湾の中でイベントをすることが決まっていたのですが、新型コロナウイルスの影響で中止になってしまいました。状況が落ち着いてきたら行きたいなと思っています。Spotifyなどストリーミングで音楽を聴く便利な世の中になったので、よくアジア圏の方から”ここで流れてたよ”とSNSで教えて頂いたりもします。”ジャカルタのカフェで流れてました”とか、流れている途中でShazam(音楽認識アプリ)して見つけましたとか。今はそういう感じなんだなと思います。

古谷:ペルー人のファンの方がいるんです。InstagramでDMが来るんですよ。

貴志:不思議なものですね。海外のリスナーの方にも少し届いたらいいなと”独り言”の英語バージョンもリリースしました。海外が遠くなってしまったけれどコロナの影響が落ち着いたら行きたいですね。

有坂:日本も色々なところに行きたいけれど、日本でも海外でも垣根なく活動できたらいいなと思っています。

古谷:Youtubeのコメントも英語率が高くなってきました。

今年発売したばかりのアルバムと今後の活動

―新しいアルバムが発売されました。今後はどのような活動を予定されていますか?

古谷:1月19日にアルバムが出しました。

:何年ぶりですか?

有坂:3年半ぐらいかな

:結構間が空いているので。

有坂:ずっとレコーディングをして配信ではちょこちょこ曲を出したりとかはしていました。アルバムというパッケージでは久しぶりです。

古谷:お祭りみたいな気分です。”やっと出るぞ!”と。

貴志:初めて自分たちでCDをプレスしてバーコードシールを貼って流通会社に営業して、ということもやっています。一番苦労して作ったアルバムなので。ぜひいろいろな方に聴いてほしいです。

2022年01月19日にリリースされた”大人幻想”のCDジャケット(画像提供:阿佐ヶ谷ロマンティックス)

貴志:ツアーはコロナの状況次第ですが、東京では何かしらやろうかなと考えています。落ち着いた頃にライブをやりたいなと思っています。

―最後にこれだけは伝えたいというメッセージをお願いします。

貴志:阿佐ヶ谷の飲み屋さん祭りに行きたい!

古谷:何かしらの形で噛みたい。

貴志:売りあげに貢献しますよ笑

有坂:飲み屋さん祭りで演奏させていただくような機会があったらうれしいな。

古谷:アンバサダーなどできたら嬉しいです。

貴志:ライブハウスも飲み屋さん祭りに参加しているのかな。

:演奏ができるお店もあると思う。”うちに来て!”と言ってもらえれば。

古谷:そして、ぜひ新しいアルバムを聴いてほしいです!

インタビュー終了後、メンバーのみなさんに演奏いただきました。インタビューの様子と合わせて以下の動画でお楽しみください。

話題に上った主な店舗情報

阿佐ヶ谷TABASA
住所 杉並区阿佐ヶ谷北2-13-18 マスキビル202
電話 非公開
営業時間 0:00~0:00
定休日 不定休

音楽スタジオZOT
住所 杉並区阿佐谷北3-41-13
電話 03-5356-6388
営業時間 11:00〜19:00
定休日 不定休

ケーキブティック ミント
住所 杉並区梅里2-11-12
電話 03-5377-2733
営業時間 11:00〜20:00
定休日 火曜日

更科そば店
住所 杉並区阿佐谷南1-4-2パレス新高円寺
電話 03-3311-1677
営業時間 11:00~16:00/ 17:00~20:00
定休日 不定休

パブリック
住所 杉並区阿佐谷北1-27-7
電話 03-5356-8920
営業時間 ランチ12:00~14:00(金曜、土曜、日曜)
ディナー18:00~24:00
定休日 月曜、第1・第3火曜

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※本記事に掲載している情報は2022年02月14日公開時点のものです。閲覧時点で情報が異なる場合がありますので、予めご了承ください。