JR阿佐ケ谷駅前の噴水広場で声をだし、漫才の練習に励む若者の姿を見かけた方も多いことでしょう。阿佐ヶ谷は隣の高円寺や荻窪に比べ緑豊かで、どこか落ちついた大人の街と言った趣ですが、実は役者やお笑いタレントとも縁が深い街です。今回は、2022年の「M-1グランプリ」での優勝以来全国区で活躍するウエストランドの井口さん、河本さんと阿佐ヶ谷の街を巡りました。
ウエストランドさん
ちょっと毒舌の井口浩之と、ほんわり系の河本太の岡山県津山市出身の同級生コンビ。 2011年から阿佐ヶ谷に拠点をおく芸能プロダクション・タイタンに所属。国民的長寿番組『笑っていいとも!』(フジテレビ系/2014年終了)でレギュラーを務めた。2022年には「M-1グランプリ」で念願の優勝を手にする。以降は全国メディアはもちろん、ラジオ、ネット番組、ライブ等多忙な日々をおくる。YouTube番組「ぶちラジ」では、二人のほのぼのとしたやりとりに心地よいギャップを楽しむファンも多い。
まずは阿佐ヶ谷神明宮へ

河本:まずは阿佐ヶ谷神明宮でしょう。ここは毎年、
井口:あー、吉だ!一番リアクションが取りづらいやつですね。そっちはどうだった?
河本:あ!大吉!大吉でしたー。今年の頭も大吉だった。
井口:え、そうなの?・・・・二つの願い、一度に叶えようとすれば悪し。恋愛は・・・思い通りにならない(笑)。
河本:恋愛は・・将来幸福になる。でも今もう幸せだけど。二人のこどももかわいいしね。

阿佐ヶ谷神明宮:詳しくはこちら
思い出のザムザ阿佐谷へ

JR阿佐ケ谷駅からほど近い複合施設・ラピュタビルの地下1階にある小劇場ザムザへ。
井口:ザムザは駆け出しの頃、毎月とかそれから2ヶ月に1回とか事務所のライブがあったので、お世話になってましたね。タイタン以外のライブでも使わせてもらっているので、週に何回か、って時もあったほど。
河本:僕、以前はザムザの裏に住んでましたから。だから、ライブの合間に家に帰って衣装を着替えたりと便利だったんですよ。
井口:ザムザは本当によく利用させてもらってました。館内で撮影することもあるんです。僕らが若手の頃は、
河本:僕はタイタンに入ってから杉並に越してきました。それまでも、まあ一応杉並なので、長いですねぇ。もう、15、6年くらいは杉並ですね。たまに善福寺川緑地を散歩したり、満喫してます。
井口:以前は丸の内線沿線でしたけど、今は事務所に近いところで、便利です。普通にしょっちゅう街を歩いてますし、荻窪のタウンセブンにも行きますし、みんなと一緒だと思います。
阿佐ヶ谷に住んでいるみんなと同じですよ。
- ザムザ阿佐谷
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住所 杉並区阿佐谷北2丁目12−21 ラピュタ阿佐ヶ谷 ラピュタビル B1F 公式サイト https://www.laputa-jp.com/zamza/main/

雨を避け、JR阿佐ヶ谷駅の通路にて。かわいい壁画にあわせてなみすけ・ナミーも。
井口:なみすけのぬいぐるみですか。これ、なかなか手に入らないんですよ。
話題は産業商工会館へ
中杉通りには、小さくて個性的なお店があちこちに。人気のmindeulleに立ち寄り、スイーツを堪能。歩きながらも話題はまた思い出のスポットに。

韓国マカロンが人気のmindeulle。プレッツェルやケーキも販売。目移りしそうな品揃え。

区立産業商工会館前で。2015年耐震性確保のため、2階、3階(講堂160人収容)部分が減築された。
河本:そういえば産業商工会館ってライブで使っていたんだけど、ホールがあった3階がなくなっちゃったんだよね。
井口:そう、ごっそりとなくなっててねぇ。
河本:着いた、ほら見て見て、本当に。すごいよ。下は既存のままで、上だけない。
井口:3階だけないんだよねえ。
消え失せた建物に一層哀愁を感じるのか二人は急遽館内に。
井口:ここに階段があったんだよ。ここから上に行ってね。
河本:そうそう、あー、本当になくなっちゃってるんだねえ。

写真左:2011年頃の講堂での区のイベント風景 写真右:2010年の屋外イベントの様子
とっても寂しそうな二人でしたが、会館を後に、阿佐ヶ谷すずらん通り商店街へ。この商店街にはお笑い芸人サルゴリラさんに縁ある店「つきり」や、
河本:サルゴリラのラジオでいなり寿司屋さんのお話しは聞いてたんですけど、ここだったんですねえ。
井口:新しい店をみると、その前は、ここがなんの場所だったか、全然思い出せないな。
河本:しょっちゅう通ってたのに確かに思い出せないね。
突然の訪問でしたがちょっと立ち寄りご厚意でいなり寿司とコーヒーを頂きました。

手作りいなり&珈琲「つきり」。2023年に開業。以前は洋品店だった。斬新なフォルムのいなり寿司とコーヒーのペアリングが新鮮。
阿佐ヶ谷アートスペースプロット
さきほどの「つきり」からわずか10メートルほど南に行くと、これまた思い出深い阿佐ヶ谷アートスペースプロットがあります。ここはライブや演劇を1階のフロアで実施できる阿佐ヶ谷周辺では珍しい構造です。オーナーの藤原さんが出迎えてくれ、さっそく三人でむかし話しに花が咲きます。

藤原:うちが営業してもう33年目になるんだけど、30年ぐらい前かな、長井君がタイタンに入る前にうちでライブ始めてね。その後タイタンに所属したので、彼がお付き合いのきっかけなんですよ。
井口:そうなんですね。長井さんが最初だったんだ。
藤原:ウエストランド は20年くらい?
井口:そう、18年くらいですかね。
藤原:最初はここ芝居専門の小屋だったんだよね。
河本:今も、芝居小屋ではありますよね。
藤原:当時ね、芝居小屋は、いろんな事情でお笑いの方に少し転換しようと思ったの。で、当時のタイタンの統括マネージャーさんと長井君がここを見てくれて、TWL(中野にあるライブ会場Studio twl)をどんな感じか見てきなよと助言くれてね。でお笑いライブを受け入れるようになってね、やがてお笑いの子たちが、使ってくれるようになったんだね。
井口:そうなんですね。僕ら20年近く前は、毎日のようにお笑いライブ、たまに芝居もあったけど、いろんな芸人がここ借りてましたね。
藤原:そうそう。最近もね、タイタンの若い人たちは使ってくれてるよ。
井口・河本:本当ですか!
井口:一時期はタイタンの事務所ライブもここでやってましたからね。
藤原:そうだね。ところがさここで1回か2回やったらさ、人気でちゃってここじゃ入りきれなくなっちゃう。

井口:いや、そうなんですよ。会場のキャパは重要なんですね。だんだんお客さんが入りきれなくなってきて。まあ、ありがたいことに僕たちがここでやらせてもらっていた直後に日本エレキテル連合が大ブレイクして、一気にもうキャパを越えてしまって。
河本:あの(2014年の)流行語大賞の盾は、最初にここでお客さんにお披露目したんだった。多分ここ。
井口:そうだったか。今のブレイクとはわけが違うんです。当時はテレビ中心、さらに流行語大賞ですからね。
藤原:マネージャーさんが、びっくりしちゃってたよね。
河本:それで事務所ライブはここで、できなくなったんですけど、個人のライブはやってたんですよ。
井口:そうそう、僕も個人的にしょっちゅうお借りしてました。ここは芸人にとっては今も欠かせない場所でしょうね。本当にね、芸人向けの劇場がないんですよ。ある意味、ここは聖地です。テレビに出るようになった芸人もここの話をしてますよ。やっぱ一軒家の1階が劇場になってるっていうと他の芸人は、めちゃくちゃ驚かれるから。
藤原:そう言ってくれると嬉しいな。
河本:いやいやいや、本当ですよ。これからもがんばっていきますよ。
アートスペースプロット:詳しくはこちら
藤原さんと別れるとすずらん通りをぬけ、小路にあるギャラリー・白線の「阿佐ヶ谷Tシャツ展」に立ち寄り、事務所近くのステーキハウスでランチをいただきました。ステーキハウス・カウボーイはタイタンからも近く時折利用している馴染みの店です。

独特の視点で企画される展示が人気のギャラリー白線。この日はちょうど阿佐ヶ谷Tシャツ展を開催中。つかの間、お気に入りを探す二人。
ギャラリー白線:詳しくはこちら


「熱い!でもおいしい」「食べ甲斐がありますね!」この後、あまりの熱さに河本さんに悲劇が起こりますが、それはヒミツ。
阿佐ヶ谷が多くの芸人や役者を育んできた歴史を、肌で感じる街歩きとなりました。けれどそれは言い換えれば、ウエストランドのお二人をはじめとする若き表現者たちが、この街に絶えず新しい活力を注ぎ込んできた証しでもあるのでしょう。
取材:2026年7月













