異世界を生み出したCHAMBER OF RAVENの経営者に聞く

JR中央線荻窪駅の北口、教会通りの一角に存在する異世界カフェ Chamber of Raven。
扉を開ければ、冒険と魔法に満ちた「Mid-Erd(ミッドエルド)」と呼ばれる世界観をベースにした不思議な空間があらわれる。どこかヨーロッパの古都の片隅に迷い込んだような、そんなカフェを運営するのは、いったいどんな人物なのか。株式会社RAVEN STUDIOS代表取締役の松塚英海さんにお話しをうかがいました。

異世界を生み出したCHAMBER OF RAVENの経営者に聞く

– 完璧な異世界空間を生み出されていらっしゃって、開業にはなみなみならぬ思いと苦労があったかと思いますが、お店のイメージはいつ頃どのように発案されて、どのように実現したのでしょうか?

松塚:私は、前職がエンターテインメント業界だったんですけども、海外に行くことが多かったんですね。ゲームの方もやっていたんですが、おもちゃを作ることが多くて。どんなおもちゃを作ってたかというと、フィギュア、特に海外向けのフィギュアを作っていましたね。

もともと中学校の時にカリフォルニアに住んでいまして、仕事もいわゆるアメリカの映画会社が多くて世界的な映画配給会社とかそういうところと、フィギュアの話とかライセンスの話をして。アメコミヒーローなどのフィギュアをずっと作っていたんです。

– 作っていた、というのは具体的に、どういったことですか?

松塚:はい、ライセンス契約をして、デザイナーにデザインをあげさせて、こういうフィギュアを作りますよって企画提案までしていました。そこが多分この店の発想の始まりなんですね。要は、アメリカのスタジオに行くとですね、映画のセットとかものすごく刺激的なんですよ。ないものを作り出して、非現実の世界にうわあって引き込んでいかれる。スタジオを見せていただくなどしているうちに、自分でもこういう、うーん、何て言うんですかね、ファンタジーの世界を実現したいと。表現していくというのが面白い仕事だなと思うようになりました。フィギュアを作るとなると、製造は中国なんですね。中国でフィギュアを作る企業というのは、実はハリウッドと被ってくるんです。そんなハリウッド映画のセットを作っている工場と仲良くしていたんですね。例えば、鎧を作る工場とか、映画用の戦闘機を作ってる工場とか。そういうのを目の当たりにして、このパワーとクリエイティブっていうのはすごいなと。これはもう日本にはないなと。スケール感とか、まさしくハリウッドが持つパワーとクリエイティブをまざまざと見せつけられて、じゃあ日本でそういう所ってあるの?って言われると、やっぱりアメリカのものになっちゃう。

そこで自分たちにも、何か出来ないかと。非現実的なものを、現実の世界で表現できないか、ということで、考え始めたのがきっかけなんですね。

意外と日本って面白い所が少ないんですよね。そういう遊びである面白い所が限られちゃって、若い人が面白い所っていうとみんな有名テーマパークに行くとか決まっちゃって、日本はそこを埋めるようなエンターテインメントってなかなかなかったりするので。自分たちは小っちゃいながらもクオリティの高い、何かを運営したいって思っていたんです。

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– そう思われてから実現するまでの間は何年くらいでどんな風に?

松塚:前職を退職しまして2年間ぐらい、どういうコンセプトでやっていくかを考えていました。お店は、どこかで借りようと思っていたのですが、借り物だと、なかなか自分の思い通りにならないので、土地から探したんです。

土地を探して建物を建てるのは1年ぐらいで出来ちゃいますから、その間に展示物を作る作業が2年間。段ボールで200箱くらい作りました。完成したら、借りた事務所にひたすら運ぶ。作っちゃ倉庫に収めて、作っちゃ倉庫に収めて、ということを2年間繰り返しました。2015年から始めて、お店が建ったのが2018年の7月ですね。予定通りには進んでいましたが、実際に建てて展示品を飾ったときには準備した物では全然足りないんです。間が空いてスカスカで。そこから今に至るまで作り続けているので永遠に増え続けるんですよ。

– 十分な展示物に見えますが、目が慣れてくると寂しく感じるのでしょうか?

松塚:寂しい気もしますし、常連のお客様は、チェックがすごい。「あそこが変わりましたよね」とか「あそこ、こうなりましたよね」とか。私より覚えています。ある意味、お客様から戦いを挑まれているので、応戦しなきゃいけないと思って、どんどんどんどん増やしていく。常に競争している感じですね、お客様と。
運営して4年ちょっと経ちますが、展示物は倍以上になっています。最近コロナ前によく来ていたお客様が戻ってきていますが「私が通っていた頃より展示物もメニューもすごいパワーアップしていてびっくりしました」と言われます。もう意地でやってます。

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-2年の準備期間を経て開店したわけですが、当初はどうでしたか?私達は最初びっくりしました。ここは何だろう?と思いました。

松塚:何だろうと思いますよね。近寄り難い印象ですよね。それでも、開店当初は話題になったので、ずっと行列になってしまって整理券を配っていました。コロナ前はおかげさまで盛況が続いていました。ただ、これだと、せわしなくなってしまうので、どうしようかとコロナ禍に考えていて、今は完全予約制にしました。今思えば開店当時は席がもっとギシギシに詰まっていましたので落ち着かない空間だったのかもしれませんね。今はだいぶ席を減らして余裕ができたんです。ただハロウィーンやクリスマスとなると、1か月前くらいから予約開始してすぐに埋まってしまうので、予約は取りづらいかもしれませんね。

– 順調で何よりですね。どんなPRの方法が上手くいったのですか?

松塚:やはりSNSですね。私の場合はTwitterをずっとやっていたので、それが大きな原動力になっていました。Twitterで話題になってお客さんが来るようになりました。実は最初は、ゲーム好きのおじさんしか来ないと思ってたんですよ。私もおじさんの気持ちが分かるので、お酒とかをたくさん用意したんです。ウイスキーとかジントニック置かなきゃだめだよな、と。あとブラックコーヒーと、バーボンと、なんて。でもいざ開店したら全然おじさんが来なくて、あれ?と思ってびっくりしました。
来店客の9割が女性で本当にびっくりしました。そのうちの80%くらいが10代20代。展示されているものは剥製や骨ですよ、おじさんがウイスキーを傾けている店をイメージしていたのですが、若い女性が多かったのでInstagramもやり始めました。今ではSNSの中心はInstagramです。だから当初の思惑とは違ったんですけど、うれしい誤算ですね。でもおっさんにも来店して欲しいです。

– 荻窪、という立地はいかがですか?

松塚:文化的な街でアニメ会社も多く、この辺は魅力的だと思いました。前職でもアニメ会社さんともお付き合いしていたので。私は杉並に20年ほどお世話になっており、スタッフもみんな杉並なんですよ。よくお客様から「なんでここに建てたんですか?」と聞かれますが、もちろんよく知った街でしたし、何より「教会通り」という名前がいいじゃないですか。西洋の風を感じて、すごく素敵だったのでここに建てました。教会通りという名前がついているのは日本でもここぐらいで、珍しいんですよ。
教会通りにある、というとちょっと異世界感が出てきますよね。それに天沼教会※はものすごく歴史があるそうですね。

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※セブンスデーアドベンチスト天沼教会:1914年、現東京衛生病院の敷地内に建てられた

-前職の知見とか経験が活かされていると思いますが、どこかの国や何かの文化で参考にしたものはありますか?>

松塚:コンセプトの根底には「驚異の部屋※」があります。「驚異の部屋」は、昔欧州のお金持ちの人が個人で色んな珍しいものを世界中から集めて展示する、というもので、本物の剥製や骨や鉱物が飾られていることが多い。そういう展示がベースになっていて、うちの場合は本物8割、オリジナルで作成したものが2割。本物の剥製もありますが、ファンタジー世界のものは独自に作っています。ポセイドンが持っていたであろうトライデントの槍(三叉槍)は、現実に存在しないので作っています。そこが2割混ざっているんです。門扉の鉄格子もオリジナルで作ったんです。

※驚異の部屋中世以降、欧州諸侯により収集されたアートや珍品コレクション等の私設陳列室。Wunderkammer (wonder room) と呼ばれている。

– たしかに、ロンドンで見かける私設博物館、例えばサー・ジョン・ソーンズ美術館など、変人や知識人のコレクターの館のような印象を感じました。

松塚:我々も変人ですよ(笑)。私はカリフォルニアに住んでいたのですが、出張では結構ニューヨークに行っていました。活気があるけど古いものがちゃんと残っているニューヨークも大好きです。日本人の多くは新しい家や物が好きですが、海外では古い家をメンテナンスして使い続けますよね。そうすると良いものが残っている。羨ましいです。ただ、うちの場合は一から作らざるを得なかったので。

– 一番のこだわりは世界観だと思いますが、留意なさっていることはありますか?

松塚:かなり世界観にこだわっているので、なるべく現実の世界が見えないようにしています。ちょっとでも綻びが見えてしまうと覚めてしまう、魔法が解けてしまう。そこはすごく気にしながらやっています。
前職では、映画でもファンタジーものをやっていました。ただ日本のファンタジーと海外のファンタジーはだいぶ違う。日本のは残念ながらフェイクですよね。でも外国では論理的に考えていたり歴史の中にファンタジーを埋め込む。
我々はそちらの、いわゆるハイファンタジーが好き。なので本物が多い比率になっています。「ロード・オブ・ザ・リング」のようなものが我々は好き。細部まできちんとやろう、と常に気を付けています。可能な限り手間暇かけて。

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– 雰囲気もそうですがメニューも凝っていますよね。もはや、アートですよね。

松塚:ありがとうございます。この建物にはストーリーがあります。ですから、そのストーリーに則ったものしか置いていません。メニューもストーリーにあわせたものを中心に作っています。もともと物づくりをやっていたので、例えばチョコレートや色んなものに関してもオリジナルで型をおこすことから始めるんです。市販のものでなく、他では見たことがないボリューム感と形で、奇妙なものを。だいたい1つのメニューを作るのに、半月から1か月くらいかかります。
厨房では、そんな準備ばかりしています。結局は人の力なんです。独特な色合いのものは、色を調合したり、キッチンスタッフが1つ1つ調合してチョコ型に入れて抜いたりしています。試験管がついたドリンク、謎解きなんかもありまして。色々あるんです。

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– お客様でお店を意外な形で活用されている方がいらっしゃるそうですが?

松塚:まさに。好きなキャラクターのぬいぐるみやアクリルスタンドや缶バッヂを机の全面に並べたり、そのキャラクターを崇めるために祭壇のようにして、写真を撮ったり。特にハロウィーンの期間は、お姫様みたいな格好でいらっしゃって、ずーっとお友達同士で撮り合っている方も。更衣室がないので出来れば、衣装を着てからお越しいただく方がいいですね。他のお客様にご迷惑のないテーブルの範囲で、短時間なら自由にアレンジして楽しんでいただいています。

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– すると純粋に喫茶を楽しむようなお客さんは少ないのでしょうか?

松塚:いえいえ、素敵なドレスを着てお写真を撮りに来る方もいらっしゃれば、本を読みながら過ごす方や食事を目的に来て下さる方も。本当に色んなお客様がいらっしゃるので、それぞれに楽しんでいただけていて良かったね、という話をしています。

– コロナ禍で変化したこと、逆にプラスになったことはありますか?

松塚:完全予約制になったことと、席を減らしてゆったりさせたことですね。今日何組いらっしゃるか把握出来ますし、混雑しないのでゆったり楽しんでいただけるのがメリットだと思います。お待たせする時間もほぼないですね。また、常連の方がいらっしゃるのも分かるので(席によってかなり雰囲気が異なるため)スタッフが前回来た時と違う席に案内できるんですね。

– 街との繋がりでは何か活動されているのですか?

松塚:できる範囲で商店街のイベントには関わりますし、教会通りの商店街の今のフラッグはうちが作ったんですよ。この店みたいな感じのデザインじゃないですよ、親子がにこにこしているもので、世界感は全然出てないです。出ちゃったら大変!(笑)商店街の会長はよく俺に頼んだなあ、と思いました。でも裏方として、できることなら手伝います。「じゃあ、やろうか?」と手を上げてみるんです。

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– 今後新たに取り組みたい、挑戦したいものはありますか?

松塚:もう一店舗、違う業態で作ろうかなと思っています。新たに「ミッドエルド」の世界の建物を建てるということです。こことは若干違いますが、ここのベースのシナリオに沿っているお店。ただ出来上がったとしたら全く違う感じで。我々が考えた「ミッドエルド」の世界に建物が増えていきます。
ただ、また仕込みから時間がかかりますね。段ボール何百個になるか・・・。

-遠方や海外からのお客様はいらっしゃいますか?外国の方向けで配慮されていることは?

松塚:そうですね、この間は、ロサンゼルスから日本人のお客さまが来られました。どうしてもChamber of Raven に来たかったということでした。外国人のお客様にはスタッフが自動翻訳器などを活用して接していますね。それに、料理やドリンクのボリュームは妥協しません。サイズは完全にアメリカサイズです。私はもうずっと日本の飲食はお腹いっぱいにならないのが嫌で、食事の量は多くしていますね。デザート系も多いですし、ドリンクも大きいです。量も味付けも完全に外国のものですね。オリジナルの雑貨もお土産に最適だし、すごい楽しかった、と感想を言って下さる方が多いですね。みなさん2時間フルに楽しんでくださってる。なんなら、ちょっとはみ出るくらい堪能されて。

-Chamber of Raven の重厚な扉は、実は軽いのですね。

松塚:Chamber of Raven は、ちょっと入りづらいですけど、色んな方に楽しんでいただけるお店にしているので、気軽にお越しください。もちろんドレスコードなんてありません。ご予約は当日の15分前までOKですので、ちょっと今日行ってみようかなという感じで。思い切って扉を開けていただけたら。この異世界感を味わって日々の活力に役立ていただきたいと思います。余談ですが、お帰りになる時のゲストの皆様の感嘆が印象的です。店の扉を開けて外に出た瞬間に「現実〜!」とか「荻窪〜!」とかと言いながらね、お帰りになる。Chamber of Ravenの扉はとっても軽いんです。

異世界を生み出したCHAMBER OF RAVENの経営者に聞く

異世界空間を創り上げた松塚さんの物づくり、そして空間演出の熱い思いを胸に刻み取材を終えたスタッフ達も店を出るや「現実に戻る〜」と声をあげて店を後にしました。

取材・編集:Greg Mudarri、Mark Hill、手塚佳代子、仲町みどり、山ざきともこ
※本記事に掲載している情報は2023年1月時点のものです。閲覧時点で情報が異なる場合があります、ご了承ください。

Chamber of Raven
住所 杉並区天沼 3-29-10
営業時間 12:00 ~ 19:00(L.O.18:00)(120 分予約制)
定休日 火・水・年末・年始 ほか
official Website https://www.raven2015.com
reservation https://www.raven2015.com/resevation
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※本記事に掲載している情報は2023年01月31日公開時点のものです。閲覧時点で情報が異なる場合がありますので、予めご了承ください。